【博多】祇園山笠の起源は?山(やま)や流(ながれ)って何?

年間行事

夏になると博多祇園山笠ですねぇ。

博多ではこれが終わると梅雨が明けて、本格的に夏がやってくるという節目と考えられています。

毎年7月1日〜15日に開催されるので間違えることがないですね。そうなると曜日周りの問題がありますが、今年2018年の曜日周りはサイコーでクライマックスの追い山(7/15)は日曜日!翌日は、海の日で祝日となっているので観光にはもってこいです。

追い山自体も早朝で終了するので、まるまる1泊2日分を観光で使えますよ。

 

今回は、その三連休に博多に行くならメインイベントの山笠をしっかり楽しんでもらうためのマメ知識をまとめておきます。

そもそも博多祇園山笠の起源は?というのと、「山」や「流」という言葉をよく聞くと思うので、その意味を整理しておきます。

 

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【博多】祇園山笠の起源はいつから?

 

760余年の伝統を誇る「博多祇園山笠」は、福岡市博多区のおもに博多部(那珂川と御笠川間の区域)で7月に行われる祭で、博多の総鎮守・櫛田神社にまつられる素戔嗚尊(祗園宮)に対して奉納される神事であり、国の重要無形民俗文化財でもあります。

博多祇園山笠の起源は諸説ありますが、一番有力とされているのが、鎌倉時代、仁治2年(1241年)博多で疫病が流行した際に承天寺の開祖・聖一国師(円爾)が町民が担いた施餓鬼棚にのって、祈祷水を撒きながら町を清めてまわり、疫病退散を祈願してまわったことを発祥とするという説です。

古い書物にもいくつか承天寺と山笠との関連性を立証する記述が見られ、清道を設けて山笠を奉納するのは、その時のお礼参りなのだと言われています。
他にも、この説には、現在の山笠との類似点が多く見られ、山台と施餓鬼ととがよく似ていること、車輪のついた山車ではなく、車輪なしの台をかつぎあげて走り回るスタイルであること、”祈祷水”が”勢い水”に転じたのではないかと考えられることなどがあります。

(出典:山笠ナビより)

 

このように比較的歴史は浅いお祭りと言えるかと思います。

歴史的に考えると、1,200年代後半には元寇(蒙古襲来)があるが、1,200年代前半にはモンゴル帝国の朝鮮半島への侵攻が始まっていた時期である。

福岡県や、朝鮮半島と九州の間に位置する壱岐・対馬の離島は当時大変な被害にあっているので、あらためて知識として入れておいて頂きたい。

 

【博多】祇園山笠の山(やま)って何?

 

「山」ですよね。「山」とは山笠の略で、一般的にいうお神輿と同じようなものと考えてください。みんなで担いで押すものなんですが、ここでも別の単語が出てきます!

「舁く」(かく)と読みます。一般的なお神輿は「担ぐ」と表現するんですが、意味は肩に乗せるという意味です。

山笠で使われる「舁く」は、背中に乗せるという意味になりますので、その違いがあるということですね。なんせ背の高さが半端じゃないんで下からしっかり支えないと。

 

「舁き山」と「飾り山」の違い

 

これはちょっとレベルの高い話になるんですが、山笠は「舁き山」と「飾り山」という2種類に分類されます。

漢字の通り、「舁き山」はみんなで舁く山笠で、7/15の追い山で櫛田入りする7流が準備します。

高さ自体は電線に引っかかったりする事故がないように飾り山の半分以下にされていますが、それでも重さは1トンを超え20数名の舁き手によって運ばれます。

 

一方の「飾り山」は、こちらも読んで字のごとく飾るための芸術品として作られます。

高さは設置場所の関係でまちまちですが、博多駅博多口出てすぐの所に例年設置されるので博多に入って早々楽しめます。みんな写真を撮っていますからすぐにわかると思います。

(飾り山の公開期間は、7/1〜7/15までです)

 

博多や天神といった主たるところに飾り山が合計14本立てられているそうです。

それぞれテーマが違って、アニメや大河ドラマなど馴染みやすいテーマが多いので見ているだけで楽しいですよ。博多の人でも、毎年全部写真を撮りに回っている方もいるほどです。

 

【博多】祇園山笠の流(ながれ)って何?

 

先ほどの登場した「流」というもの。これは一体どういう意味かというと、街の単位と考えてください。実は調べてみると結構歴史が深かった!

 

時代は太閤秀吉の時代に遡ります。

1587年に「太閤町割り」というものが実施されています。

当時は大陸貿易で非常に栄えていた博多の街をどこが取るか大名の争いが絶えなかったようです。そうこうしているうちに博多の街は、島津義久によって焼き尽くされてしまったんです。秀吉はもちろん島津を追いかけて降参させた後、博多の街の復興に乗り出します。

その第一歩が「太閤町割り」なんです。

当時、秀吉は晩年に近づいて朝鮮出兵などで焦っている部分もあったと考えられていて、1591年には、佐賀県呼子に名護屋城を築城しています。

 

西は御笠川、東は那珂川という2つの川の間を1区画を10町(約1km)四方と定めて、幹線道路を東西に3本、南北に4本走らせ出来上がった区画を「流」と読んだのが始まりなんです。

現在ではこちらの七流となって存続しています。

 

千代流・恵比須流・土居流・大黒流 ・東流・中洲流・西流

 

まとめ

 

いかがでしたか?

博多祇園山笠に行くなら押さえておきたい基本中の基本の単語を押さえておきました。

これで現地で説明を受けても大丈夫ですね。やはり神事であるお祭りは歴史が深いので合わせて学んでおきたいところ。

追い山が終わった後の観光先は、佐賀県呼子の名護屋城も良いかもしれませんね。

 

呼子はご存知の通り、イカの産地!

 

他では食べられない生のイカを頂けますよ!!呼子の朝市も有名です。

そして名護屋城も、見晴らしの良い高台にありますので自然を満喫できます。結構歩くので九州で食べすぎた分のコントロールのためにもちょうど良さそうですね。

 

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