秋になると作物の収穫時期になります。
その収穫時期に、古くから日本は収穫を感謝するお祭りを神事として行ってきた歴史があります。
その1つの形として北部九州に残る”おくんち”と言われるスタイルの代表格とも言える「唐津くんち」について歴史や曳山・宵山についてまとめましたのでご覧ください。
唐津くんち2019の概要
唐津くんちとは
「唐津くんち」は、佐賀県唐津市にある唐津神社の秋の例大祭です。(お祭りですね)
毎年11月2日〜4日に開催され、平成28年にはユネスコ無形文化遺産に登録された「山、鉾(ほこ)、屋台行事」の全国18府県33件の1つとして登録されている神事なんです。
そのこともあり、2017年には過去最高の63万人を動員する九州を代表するお祭りです。
そしてパイレーツの血を引く唐津の人々のパワーが一気に爆発する3日間なんですよ。
ユネスコ無形文化遺産「山、鉾(ほこ)、屋台行事」一覧
八戸三社大祭の山車行事 青森県 八戸市 角館祭りのやま行事 秋田県 仙北市 土崎神明社祭の曳山行事 秋田市 花輪祭の屋台行事 鹿角市 新庄まつりの山車行事 山形県 新庄市 日立風流物 茨城県 日立市 烏山の山あげ行事 栃木県 那須烏山市 鹿沼今宮神社祭の屋台行事 鹿沼市 秩父祭の屋台行事と神楽 埼玉県 秩父市 川越氷川祭の山車行事 川越市 佐原の山車行事 千葉県 香取市 高岡御車山祭の御車山行事 富山県 高岡市 魚津のタテモン行事 魚津市 城端神明宮祭の曳山行事 南砺市 青柏祭の曳山行事 石川県 七尾市 高山祭の屋台行事 岐阜県 高山市 古川祭の起し太鼓・屋台行事 飛騨市 大垣祭のやま行事 大垣市 尾張津島天王祭の車楽舟行事 愛知県 津島市・愛西市 知立の山車文楽とからくり 知立市 犬山祭の車山行事 犬山市 亀崎潮干祭の山車行事 半田市 須成祭の車楽船行事と神葭流し 蟹江町 鳥出神社の鯨船行事 三重県 四日市市 上野天神祭のダンジリ行事 伊賀市 桑名石取祭の祭車行事 桑名市 長浜曳山祭の曳山行事 滋賀県 長浜市 京都祇園祭の山鉾行事 京都府 京都市 博多祇園山笠行事 福岡県 福岡市 戸畑祇園大山笠行事 北九州市 唐津くんちの曳山行事 佐賀県 唐津市 八代妙見祭の神幸行事 熊本県 八代市 日田祇園の曳山行事 大分県 日田市 (出典:https://www.nippon.com/ja/features/h00157/)
くんち・おくんちって何?
そもそも<くんち・おくんち>とは何なのでしょうか?
くんちとは、九州北部における秋祭りに対する呼称。収穫を感謝して奉納される祭である。「おくんち」と称される場合もある。
ほとんどのくんち行事に共通する要素として、神社から御旅所まで神輿による御神幸が行われることがある。またそこに大名行列や稚児行列、山車(曳山、山笠など)、囃子、踊り、獅子舞などが加わるが、何が加わるかについてはその地域ごとに大きく異なり、同じ「くんち」と一括りにできないほど多彩なものになっている。
(出典:Wikipediaより)
このように九州北部で行われる秋のお祭りなんですね。漢字では「供養」と書き、収穫感謝を意味します。
九州北部というと、一般的には福岡県・佐賀県・長崎県のことを指し、稀に熊本県北部(熊本市以北)のことを言います。
実際にはお祭りが行われる神社ごとに行われますが、大きなお祭りとしては「長崎くんち」「博多おくんち」と「唐津くんち」の3つで”3大くんち”と言われています。
「博多おくんち」は櫛田神社で行われますが、博多祇園山笠に比べると知名度は低く、「長崎くんち」が観光の目玉としても取り上げられ一番認知されていると言えますね。
しかしながら、「長崎くんち」は南京町もあるように歴史的に外国文化の影響を多大に受けている地域柄、ドラゴンが出てきたりするのに比べ、「唐津くんち」は純和風なお祭りと言えます。
【唐津くんち2019】曳山や宵山ってなに?
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【唐津くんち】曳山・宵山・お旅所ご神幸 3つのキーワードを解説
【唐津くんち】曳山
曳山は、”ひきやま”ではなく単純に”やま”と言います。
唐津の曳山は「乾漆」という技法で作られ、現在の貨幣価値では1〜2億円の費用がかかっていると言われています。
「粘土の原型や木型の上に和紙を200枚くらい貼り重ねたあと型をはずし、麻布を貼り、漆を数十回塗り重ね、最後に金銀を施して仕上げる。」という非常に手間をかけて作られ、漆工芸品としても高く評価されているんです。
高さ約7m、重さ2〜5トンの曳山は、全部で14台。約25年に1度漆は塗り替えられ大切に守り継がれています。
【唐津くんち】宵山
宵山とは、前夜祭という意味合いで多くのお祭りで使われえています。
「唐津くんち」でなぜ”宵山”という言葉をよく聞くかというと、唯一陽が落ちた夜に行われる行事だからです。
そレは、曳山が灯りが点されなんとも幻想的な雰囲気になるからなんですね。
【唐津くんち】お旅所神幸
2日目に行われる「唐津くんち」のメインイベントです。
唐津神社から曳山やお神輿は西の浜へ向かい、神事を行った後、各町へ帰っていきます。
朝9:30〜16:30までかけて行われる大切な神事です。
【唐津くんち】2019年の日程
1日目 11月2日 19:30〜22:00
【順路】
各町内曳山留め~大手口~市内一巡~唐津神社前整列
曳山展示場から午前5時に引き出され、綺麗に磨き上げられます。
その後、19:30に刀町の赤獅子が引き出され大手口から出発すると、曳き順通りに近い場所から残りの13台の曳山も合流し唐津神社を目指します。
※曳山は、制作年の古い順に曳かれます。
万が一、雨の場合や予想される場合は曳山展示場に格納されます。
(普段は、展示されているんですよ)
2日目 11月3日 9:30〜16:30
【順路】
唐津神社前~市内巡行~西の浜(お旅所)~市内巡行~各町曳山留め
午前9時30分から14台の曳山は唐津神社の神輿2台と大石神社の神輿とともに、西の浜の明神台までの巡行が始まります。
西の浜では、唐津くんち一番の見所である「曳き込み」が、1番の赤獅子(刀町)から14番の七宝丸(江川町)まで制作年代順に行われます。
一旦休憩を取った後に神事が行われ、終了後午後3時から「曳き出し」が行われ、曳山はそれぞれの町へ帰って行きます。
3日目 11月4日 10:00〜17:30
【順路】
各町内曳山留め~唐津神社前~市内巡行~唐津駅前~市内巡行~曳山展示場
この日は「町廻り」といって町人のお祭りです。お神輿は登場しません。
各町から唐津神社に集まり、午前10時に花火の合図とともに前日と同じ順路を廻ります。(約8km)
その後、12:30頃には唐津駅前の米屋町通りに勢揃いして休憩し、14:30から最後の曳き納めとばかりに「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに曳き廻され、曳山展示場へ戻っていき、唐津くんちの幕は閉じられます。
【唐津くんち2019】これまでの歴史
- 唐津神社の神職を務める戸川家の口碑によると、神輿の御神幸は寛文年間(1661年–1673年)に始まったとされる。今日の神幸行列のように曳山がこの祭りに登場するのは、一番曳山(いちばんやま)の「赤獅子(あかじし)」が文政2年(1819年)に奉納されてからのことである。以後、曳山は明治9年(1876年)までに15台が製作されているが、うち1台は消失し、今日奉納されているのは14台である。消失した曳山は紺屋町が製作した【黒獅子】で、明治22年(1889年)が最後の巡行となった。この原因には諸説あり、宵宮に提灯の火がつき消火のために堀に落としたところ、損傷が激しいために廃棄したという説もある。しかし、その時代に現在のような宵曳山行事はなく、真相ははっきりしない。
- 本来の「くんち」は、唐津神社の縁起にあわせて旧暦9月29日の本祭(現在の本殿祭と神幸祭(御旅所神幸)とからなる)を中心として営まれていたが、暦制の変更に対応して、大正2年(1913年)には本祭が新暦10月29日に、町廻りが翌30日に変更された。10月28日に行われていた「前夜祭」(のちに「宵曳山」に名称変更)が正式行事に加わったのは昭和37年(1962年)からである。
- さらに、週休制の浸透や外来の観光客の招致といった理由によって、昭和43年(1968年)には、本祭のうち本殿祭のみを10月29日に残して、神幸祭(御旅所神幸)は祝日である11月3日に変更された。この変更にともない宵曳山も11月2日に、町廻りも同4日に変更されており、一般には、曳山の巡行をともなうこの11月2日からの3日間が「唐津くんち」と呼ばれるようになっている。
(出典:Wikipediaより)
なんと驚くことに、曳山は最大15台あったんですね?!
しかも、消失の原因がよく分からないというミステリアスな所がまた興味をそそられますすよね。
そして、いかに唐津の人たちが”くんち”を大切にしているかというエピソードで、第二次大戦中に戦禍を免れていた唐津ですが、男性は徴兵されとても”くんち”をできる状態ではなかったそうです。
その時、残っていた成人女性たちが曳山を引き廻して、”くんち”を行ったという逸話が残っています。
「九州の女は、つよかごたぁですね」
まとめ
いかがでしたか?
「唐津くんち」楽しみになってきましたね。
博多駅から唐津駅までは、地下鉄〜JR筑肥線で90分ほどで行くことができます。
注意する点としては、宵山で22:00まで唐津にいると終電が危ないです!
自宅までの乗り換え検索はしっかりチェックしておいてくださいね。